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DS-13  プロジェクト


【 プレ リレー・フォー・ライフ 】 − 2006.05 上旬 −

そう言えば、この事について何も記録していませんでした(^^;
私は『がん患者支援プロジェクト(CPSPという団体に参加し活動しています。
何をする団体かと言うと、日本でリレー・フォー・ライフを実施しようとしている団体です。
リレー・フォー・ライフに関しては、
D-10 年末にて の【 リレー・フォー・ライフ 】− 2005.12 中旬 −
を読んで頂けばお分かりになると思います。
日本版リレー・フォー・ライフ開催に向けて、呼びかけ人であるシュウさんのもと
集まってできた団体が「がん患者支援プロジェクト(CPSP)」です。
これはネット、特にブログの仲間中心で集まった団体です。
当初、興味はあったものの、はたして自分がそこに入会して何ができるか?といった点では、
「?」という感じがあり、参加するかどうか考えていました・・・。
1月上旬、MOMOさん(
HPブログ )が近所に住まれているという事がわかり、
CPSPについて話を色々と聞きました。
しかし、頭が悪い私は、完全に理解する事ができていませんでしたが、
当時わかった事を以下に記載してみます。

@ CPSPは、まだできたばかりの団体であり、リレー・フォー・ライフ実施に関する詳細については
  あまり決まっていない状況。
A 日本初のリレー・フォー・ライフは8月末〜9月上旬に関東のどこかで行う予定?かなという状況。
B 4月末にリレー・フォー・ライフの説明会を横浜で行う予定。

以上、大きな事はこの3点しか解っていない状況でした。
頭が悪い私は、人の話を聞くだけではなかなか理解できない。。。という事から、
一度、1月中旬に行う会議に参加して、状況をみてから活動に参加するか否かを決めようと
思っていました。

実際、会議に参加してみて驚きました!
皆さん、癌患者ばかりかと思いきや、癌で親族を亡くされた遺族の方、現在癌患者をお持ちの
親族の方、また ボランティアの方・・・と様々な方が集まっていました。
1月中旬の会議は第3回目という事で、出席人数は30名弱。
その内、癌患者は半分ぐらいの方で、以外に少ないな・・・という印象でした。
患者会であれば、殆どの方が癌患者であろうに・・・。
リレー・フォー・ライフは、癌の撲滅活動という事で、癌患が治療のモチベーションを上げる
という事は勿論の事、癌で遺族を亡くされた方も、遺族を偲ぶという活動面もあってか、
この団体は通常の患者会ではない事がわかりました。
シュウさんはNHKで一度拝見していましたが、実際会ってみるとかなり気さくな方で
大変素晴らしい方でした。この人の人柄に惚れてCPSPの活動を続けている人も多い筈です。

会議内容は、4月末に実施予定であるプレ リレー・フォー・ライフの役割担当決めでした。
状況を確認しようと参加してみたものの、いきなり何をする?(何の担当になる?)という
話になり、一番簡単そうに見えた「警備」というどうでもいいような担当に付かせてもらいました。
<我ながら情けない・・・。(−−;

しかし、会議の回を追うにつれて、もっと自分なりにできそうな事があるだろう・・・と
考えるようになりました。。。
このサイトを作る前は、趣味の方でサイト・ネット活動を盛んにしており、
また自分の仕事上でも社内のイントラ上で、HTMLを使って社内に情報発信する仕事もしており、
サイトの見栄えは別として、HP作成は手慣れている筈・・・という事に気づき、
CPSPとして団体のHP(ホームページ)を作れないだろうか?と思うようになりました。
個人的な見解ですが、ブログは親近感があって誰でも入りやすく、
また 誰でも簡単に作成できますが、基本的な構成は「日記」である事から、
なかなか物事を整理して伝えるには一長一短な点があるかな?と感じていました。
(決してブログ批判ではない事をご了承下さい。)
HPはその逆で、親近感・手軽さはブログには及ばないものの、ページ構成が自分の思いのままに
作成できることから、見る側からしたら整理しながら見れる筈・・・と思い、
シュウさんに、私がCPSPのHPを作成する事を申し出て、CPSPのHPを作成する了承を得ました。

ご覧になられた事があると思いますが、こんなHPです。
     
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓    クリック     ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

     

さすがにココ「 Dark Side 」の様にTOPページに骸骨は置けませんので(←当たり前だっ!)、
もの凄く爽やかなTOPページにしてみました。(笑)

・・・というわけで、CPSPに所属した私は、HP作成・更新・管理担当として、
4月29日のプレ リレー・フォー・ライフ当日では、受付&警備係りとして働きました。
そして、それぞれの担当・役割がしっかり機能し、イベントは、大成功に終ったのです。
これも皆様のお陰であると思っております。
当日、雨にも関わらず、273名と多くの方にご来場頂きました。(^^)
「自分ひとりの力では何もできない・・・」という事実は変わりませんが、
メンバー一人一人の力が積み重なって、ハッキリとした形で活動を具現化できたのです♪
少なくともご来場頂いた273名の方には、何らかの形で間接的にお役に立てたのかな?と
実感しております。
久々に充実感・達成感を味う事ができました

プレ リレー・フォー・ライフの模様は、コチラをご覧下さい。
            ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓    クリック     ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

          

不思議なものです。
癌という病は、自分に大きな傷跡を残しましたが、もし自分が癌になっていなかったら、
CPSPの活動はしておらず、この様な達成感等は味わえなかった筈なのですから。。。

また、私がこの活動をしてきた背景として、やはりMOMOさんからの影響が
かなり大きなものとなっていました。
プレを実施するまで、仕事量として多少、個人に偏り 負担がかかる点が幾度とありました。
その度にMOMOさんは、がんばっていました。徹夜してまでやった事もあったのです。
患者なんだから、もっとのんびりやったらどうか?体を壊したらもともこも無いので、
MOMOさんにメールをしました。 すると、彼女からの返事はこんな感じでした。。。

(メールでのやりとり・・・)
私:「体調の事もあるし、あまり無理しない方がいいよ!
他のメンバーにお願いして手伝ってもらおうよ・・・、今度の会議も無理に出席しなくて良いからさっ!
体、優先にした方が良いよ!」

MOMOさん:「実は、この事はまだ彼氏にしか言っていないんだけど、
この前の検診でわかったんだけど、腎臓と肺に転移しているんだよね。
9月までもつかどうかわからないから、悔いが残らない様に、元気なうちにプレだけは
シッカリとやりたいんだよね!」

( ↑ この事を記載する事は、MOMOさんから承諾を取っております。 )

・・・呆然としてしまいました。。。
前回、私のHPの記録で、「精神的に病んでいる・・・」なんて書きましたが、
自分自身、前向きな方向で病の事を考えてはいるものの、やはり「再発の恐怖」みたいな
ものを感じてしまう事は否定できません。
ましてや、今、かなり健康的な状態ですので、これから襲ってくるだろうと思われるいきなりの
癌再発は、正に天国から地獄へ真っ逆さまに突き落とされるとう感じになるのだと思います。
一人になった時、そのGAPが恐怖感に変わり襲ってくる時があるのです・・・。
健康なのだけども、何ともやりきれない気持ちになったりもしました。
でも、MOMOのさんの事を考えたら、この様なアホな事なんて言っていたらバチが当たります!
MOMOさんからしたら、私の病状なんてまだまだ「軽症」にしか過ぎないのですから・・・。(汗)
こんな事で「再発する事が心配だ・・・」等、ウダウダと考えている自分に腹立たしさを感じ、

情けなく思ったりしたのでした。。。
これを言ってしまったら怒られるかもしれませんが、「社会のために・・・」という気持ちではなく、
MOMOさんのリレー・フォー・ライフにかける熱意・意気込み、そして『生き様みたいなものに
強く打ちのめされた・・・という感じで、私はCPSPの活動を続けていたというのが本音だったりします。

「癌なんてこの世から無くなればいいのに!」
と、この日ほど強く願った日はありませんでした。
涙が出てきます・・・。

CPSPのサイトでUPしているプレ リレー・フォー・ライフの模様を ご覧頂けると幸いです。





【 癌で死ぬ事 】 − 2006.05 中旬 −

先日、会社で仕事をしている時の事です。
私のパソコンに社内メールで訃報が届きました。
私が勤めている会社では、社員の家族(一親等)が亡くなられた場合に
人事部より社内メールで訃報が送られてくるのです。
勿論、社員(本人)が亡くなられた場合もです。
久しぶりという表現は不適切ですが、今回、社員(本人)が亡くなった訃報が
社内メールで届いたのです。
亡くなられたのは、私が在籍している部署とは違う別の部署の一つ上の先輩(女性)でした。
この方とは、仕事上あまり接する機会もなく、今まで会話を交わしたのは
一、二度程度でしたが、どの様な方かは存じていました。
一つ上の期の先輩といっても、歳は38歳で私と同じ歳です・・・。
死因は、「脊髄(せきずい)癌」。
「脊髄癌」というものは今まで聞いた事がなく、非常に珍しいケースと思いましたが、
聞くところによると、彼女は以前「乳癌」に罹り、手術をされ職場復帰をされていたそうです。
その事実も親しい方のみ知っている程度で、入院されていた事は周りは知っていたものの、

何の病気で彼女が入院していたかは定かではなく、むしろ乳癌で手術をした事は
殆どの社員は知る由もなかったのです。
私も、今回の訃報で後程、回りまわって先輩社員からその事実を聞かされたのでした。
推測するに、乳癌からの再発・転移で亡くなったものと思われます。


同じ歳の方が癌で亡くなった・・・、それも身近で・・・。
それは、私にとって、そして周囲にとっても非常に衝撃的な出来事でした。

訃報を見た時、私は「え!?癌で亡くなったの?」と思わず声を出してしまいました。
この訃報メールを私と同時に見ていた後輩社員は、
「○○さん(←私の名前)、、、」(汗)
思わず私の方を見て言ってしまいました。(−−;
マジかよ!コイツ・・・癌だから俺を見やがったな!(汗)と思いましたが、
私は
「同じ歳だからヒトゴトとは思えんな・・・、結構ショックだなぁ・・・。」
冷静を装いコメントをしてやりました。(苦笑)
<でも、心中決して冷静ではありませんでした・・・。(−−;
あまり親しい先輩では無かったにせよ、この様な事は、やはり凹みます・・・。
癌という病に罹ってしまった私にとって、同じ歳の方が、再発・転移で亡くなられたという事実は、
あまりにもヒトゴトでは無いからです!


今回の先輩の死によって、改めて認識した事があります。
「再発・・・、それは死へのリーチがかかる事を意味する」・・・という事です。
私の癌(Stage3の肝細胞癌)が再発する場合、確率が最も高いケースは
肝内転移(先ずは肝臓内に再発する)という事です。
以前も記載しましたが、これは肝臓内のどこに再発するか分からないのです。
肝動脈・門脈に接して腫瘍ができれば、手術不可能となり、効かない抗癌剤療法となります。
そうなると、死へのリーチどころか、飛車・角で「王手」をかけられた様な状況になるわけです!(汗)
また、その数もわからない・・・、以前同様、腫瘍が一つのみ再発するケースもあれば、
3つ、4つ、或いは10個・・・と、今まで大人しくしていた子猫ちゃんが、
牙を剥いた獰猛な虎の如く、一気に襲い掛かってくる様なケースもありうるわけです。(−−;
私にとって、再発するという事は、まさにロシアンルーレットをしている気分・・・、
何が当たるか予想が付かない状況なのです。(汗)
<わけがワカラナイ例えの羅列でスイマセン・・・(^^;
こんな事を考えていると益々Dark Sideにのめり込んで行きます。。。

日常生活で、咳き込んだり、ふとした瞬間で腹に力が入った場合、傷口がまだ傷みます。
その度に頭の中に思い描く事は「再発」の二文字だったりします・・・。
術後、医師にStage3と告知されて以来、私は そう長くは生きられない・・・と自覚しています。


・・・とは言うものの、術後から現在まで肝機能も良好であり、時間が経過するにつれ、
自分が癌に罹ったという事を忘れて過ごしている・・・という時もあります。
一日中全く忘れているという事ではなく、何かに熱中している間、数時間程度という範囲でですが、
そういう時も何度かある様になってきました。
少しでも多くの時間、癌に罹った事を忘れ、日常生活を楽しく過ごす・・・
これは決して悪い事では無いと思います。

しかし、今回、癌で亡くなった先輩社員の死は、無情にも今後起こりうる「再発」という事態を
より一層、強く想わせる事となりました。


亡くなられた先輩社員のご冥福を心よりお祈り致します。





【 HBVキャリア 】 − 2006.05 下旬 −

5月下旬、内科に月一度の定期診察に行ってきました。
予約制ではない為、朝早くから受付しに行っています。
診察は、朝の9時からですが、その前に採血をし、その結果を基に診察する段取りとなっています。
いつもは、

@病院到着・受付(8時30分頃) →A受付から呼び出され採血へ(9時30分頃) →
B採血終了・受付へ(10時頃) →C中の待合室に呼ばれる(11時30分頃) →
D診察室に呼ばれる(12時頃) →E診察が終わり会計へ(12時30分頃) →
F会計終了・薬を貰いに行く(13時) →G薬を貰う(13時30分頃)
・・・というパターンです。
更に混んでいると、全てが終了するのに、14時を回るという最悪のパターンもあります。(汗)
まぁ、これは月一度のことだし、我慢する様にしています。
これが嫌で過去2年間治療をサボっていた事があります。
しかし、その代償は、ステージVの肝細胞癌!
悔やんでも悔やみきれない天罰的な結果が下ったのです。。。(汗)
この私の怠慢さによって、周囲の人達にどれだけ迷惑をかけたのでしょうか???
今後、面倒であっても、「通院」は、死ぬまで義務として続けていかなくてはならないと
心に誓っております・・・(^^;

今回は、かなり早い時間に目が覚めたので、いつもより30分ばかり早めに病院に
行ってみる事にしました。
すると、上記で記載している@〜Bまでは、いつもより30分早いだけなのですが、
Cの中待合室に呼ばれた時間が、ナント!9時40分!???
そんでもって、Fの会計終了が、ナ、ナ、ナント!10時30分!???
あらら・・・、たった30分早く病院に着いただけなのに、いつもと全然違うし・・・(汗)
こんな盲点があったとは・・・、今度から、がんばって早く起きしよう!
「早起きは三文の徳」とは良く言ったものだなぁ〜♪
これで、診察の日は、病院でダラダラする事なく、有意義に一日を過ごせるな!(^^)

まぁ、これは、コレで、ラッキーな発見なのでしたが、
肝心の検査の結果は、今まで通りの順調さに陰りが見え始めた・・・、そんな感じのものでした。(汗)
主治医C:「どうぞ、お入り下さい。」
私:「宜しくお願いします。」

主治医C:「今日の採血の結果ですが、今まで順調でしたが、今回は肝機能の数値が
上がっていますね。まぁ、やはりB型ウイルスがあるのですから、この様な事もありますから・・・。」

私:「え!?どのぐらいの数値になりましたか?」(汗)
主治医C:「GOTが39、GPTが66です。」 (基準値:GOT13〜33 / GPT:8〜42)
私:「あ、ほんの少しなんですね・・・。」
な〜んだ、たいした数値じゃないじゃんか!(笑)
主治医C:「お酒は飲んでませんよね?」
私:「飲んでませんよ!」(笑)
当たり前だっ! とっくに酒なんか辞めとるわい!(怒)
でも、基準値を超えているという事で、肝臓が荒れている事には変わりないなぁ。。。
主治医C:「これが、今、上がっている最中の数値なのか?といういう事かもしれませんし、
それもわからないので、次回(一ヵ月後)まで、観察してみましょう。
下がっていけば良いのですが、これ上数値が上がっていく様でしたら、抗ウイルス剤を使って
治療する事も検討した方が良いですね・・・。」

私:「ラミブジン(のみ薬)ですか?」(汗)

ラミブジン・・・、あまり詳しくないのだけど、一度服用すると、もうやめられない薬だな・・・。(汗)
勝手に呑むのを辞めると、肝炎が悪化するんだよなぁ〜・・・、正直、呑みたくない薬だ・・・。(汗)

*詳しくは
ココ をクリック! <みちるさん、勝手にリンクしちゃいました〜、スイマセン(^^;

主治医C:「そうですね、でも、もう直ぐエンテカビルという薬が認可されますので、
そらの方がラミブジンより良いですから、そちらで考えましょう!」

私:「え!?エンて、エンテか・・・???」
主治医C:「エンテカビルです!」
私:「あ、そうですか・・・、そちらの方が良いのですか・・・。」

主治医C:「まぁ、耐性株とか、そういう場合の事もありますが、やった方が良いと思います。」
私:「すいません、その株とか・・・って良くワカラナイのですが・・・。」

(主治医から簡単に説明を受ける・・・。ホント、簡単に・・・だった。。。(−−; )
う〜ん、ヤバいな、勉強不足だ・・・。
もっと、最新のB型肝炎に関する勉強をしなければな・・・・。(汗)
そうなんだよなぁ〜。。。 俺、癌患者だけど、それ以前に、HBVキャリアなんだよなぁ。。。

ハッキリ言って、肝炎ウイルスキャリアにとって、
この数値、GPT66なんざ、大した数値なんかじゃ〜ありません!(笑)
しかし、良く考えてみたら、自分の肝臓はF3・・・、肝硬変一歩手前なのです・・・。(汗)
慢性肝炎患者の場合、一般的に、肝臓が荒れる・・・という繰り返しで、肝硬変になります。
私の場合、このまま肝臓が荒れまくっていくと、次は肝硬変にステップUPしてしまいます・・・。
肝硬変になってしまったら、、肝臓は正に、癌になりやすい土壌と化してしまうのです!(−−;
今の状態で、癌がいきなり再発するという事もありえますが、
肝硬変ではない状態での再発と、肝硬変になってからの再発では、
治療方針も、その後の予後も全く変わってしまいます。

今の健康状態で再発した場合の事は、イロイロと頭の中でシュミレーションしているものの、
肝硬変になっての再発というシュミレーションは、正直、怖くてできないし、したくない!(><)
肝硬変・・・、これだけは避けたい!、、、何としても避けたい!!

・・・と言っても、今は放っておくしかないのですけどね・・・(^^;



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